- マンションなど賃貸住宅の場合、立ち退き料の相場は家賃6か月分
- 貸店舗やオフィスの立ち退き料相場は、居住用不動産より高い傾向がある。売上減少や広告費など、立ち退きに伴う不利益を考慮して、個別の話し合いが必要
- 立ち退き料の相場を明示している法律は存在せず、お互いに同意すればいくらでも可能
- 立ち退き料を払わないと、交渉は難航しがち。不要なトラブルを避けるためにも、専門家からの一定のサポートが求められる
立ち退き料の相場と考え方
賃貸住宅の場合
一般的な相場はマンションやアパート、借家などの賃貸住宅であれば、現在の家賃6ヶ月分くらいです。家賃8万円の部屋の場合、8万円×6ヶ月=48万円を支払うことにより、立ち退きに合意してもらうということです。
この金額で交渉する理由として「6ヶ月分くらいあれば、引越し費用・敷金・礼金など、新しい住まいを得るためにかかる費用をまかなえるだろう」という考えが根底にあります。
ただ、立ち退き料に関して明確に定めた法律はなく、お互いに合意ができればいくらでも構いません。0円のこともあり得ますし、反対に何百万円も請求された場合でも、不動産オーナーが納得すれば、高額を支払うケースもあります。
テナントビルの飲食店・会社のオフィスの場合
一般的に相場はもっと高くなります。
- 設備投資
- 広告費用
- 移転作業を行うための休業補てん
- 新しい場所で顧客を得るまでの利益保険
など、あらゆるところを含めて交渉しないと納得されないケースも出てくるでしょう。個別の事情や相手の経営状況を考慮しないと金額が決まらないことも多く、ケースバイケースの判断が必要です。
賃料の100倍といった大金を要求されることもあれば、移転費用だけで納得してくれる経営者も出てきます。
そもそも立ち退き料とは
立ち退き料とは、入居して家賃を払ってくれた相手に対して立ち退きをお願いするにあたり、心遣いとして渡すお金のことをいいます。「お世話になっているにも関わらず、こんなお願いをして恐縮だけど」といったニュアンスです。
ここで気になるのが契約との兼ね合いでしょう。一般的な賃貸借契約は、2年を区切りに更新期限がやってきます。契約途中で「立ち退きしてほしい」というのは難しくても、次回の更新を拒否することは問題ないように感じる人もいるのではないでしょうか。
実際には、そう簡単にはいきません。期間満了後は契約時に合意している更新料の支払いをもって、同じ期間の契約を結ぶのが原則とされることが理由です。原則を理解したうえで立ち退きをお願いするなら、それなりの対価=立ち退き料を渡すことが大切です。
立ち退き料なしでは交渉が難航する可能性が高くなる
不動産オーナーの中には「立ち退き料を払いたくない」と考える人もいるかもしれませんが、期限のない借家契約を解除するのは簡単なことではありません。立ち退き料を支払うことなく、立ち退き交渉したところで、拒否されるリスクが高くなります。
話し合いが平行線になったとき、強い立場にあるのは入居者です。借地借家法第28条には、『賃貸人は正当な事由であると認められなければ賃借人に賃貸借の解約を申し入れできない』と書かれています。
つまり、立ち退き料の申し出を含めて「正当事由がある」と認められない限り、不動産オーナーからは契約解除ができないのです。
借地借家法の正当事由とは
借地借家法でいう正当事由とは、賃借人の権利より優先すべき不動産オーナーの都合をいいます。判断ポイントは、以下4つです。
1. 賃貸人・賃借人それぞれが建物を必要とする事情
- 賃貸人・不動産オーナーが建物を自己利用したい理由
- 賃借人が今の部屋でないといけない理由
オーナーの事情としては、例えば転勤予定が短くなったために貸している自宅を返してほしい・自宅を建てるので借地を返してほしいといったことが考えられます。
2. 建物の賃貸借に関するこれまでの経過
権利金の受け取りや賃料など、賃貸契約の条件を指す条項です。
- オーナーが賃借人の特別な事情に同情し、相場以下の賃料で貸し出した
- 賃借人からの家賃の滞納が数ヶ月続いている
などの事実を証明できれば、正当事由の要素になりえます。
3. 建物の利用状況や現況
賃借人が建物をどのような状況で利用しているか、また建物の劣化状況を指します。
耐用年数を大幅に過ぎた建物に対して、早急にメンテナンスを行いたい・耐震基準に満たない建物の取り壊しなどが一例です。
ただ、耐震基準に満たないといっても、立ち退きをお願いしてまで行わないといけないレベルかがチェックされます。しかるべき機関の調査資料や書面で証明することが大切です。
4. 【1~3の補完要素】立ち退き料の支払い
立ち退き料の支払いのみでは正当な事由にはなりません。しかし1~3までの事由に当てはまり、かつ立ち退き料が提供されれば正当事由と見なされます
ただ立ち退き料の支払いを拒むだけでなく、相場以下の立ち退き料を申し出た場合、正当事由としては認められないリスクがあります。立ち退き料は賃貸経営の必要コストと考えて、十分な予算を確保しましょう。
立ち退き交渉の進め方とスケジュール
立ち退き交渉には時間がかかるケースも多くあり、スケジュール管理が大切です。立ち退き通知から立ち退き料の交渉、退居してもらうまでの流れを確認しましょう。
1.立ち退き通知
更新時期の1年前から、遅くとも6ヶ月前までに私信を出します。
文面には、
- これまで住んでもらったことに対する感謝の気持ち
- 立ち退きをお願いしなくてはいけないこと
- 理由や経緯
- 相応の対価を支払いたいという申し出
などを含めてください。
いきなり文書が届くと驚かせてしまいますし、普段から入居者との交流が深いオーナーであれば、直接訪れて先に口頭で事情を説明してもいいでしょう。ここで入居者が納得してくれ了承がとれたら、後の文書での交渉はスムーズです。
2.立ち退き料の交渉・引越し先の提案
立ち退き料の金額や退居日など、具体的な条件を話し合います。同じくらいの家賃で入居できる引越し先を紹介する・対象エリアの物件に強い不動産業者を紹介するなど、できる限りのサポートを提案しましょう。
良心的な入居者でも、金銭的な問題があると言い出しにくい人もいるため、こちらから具体的な提案を出して相手の出方を見るのが得策です。
なるべく早く話をまとめたい事情があれば、インセンティブを設けることで速やかな判断を促す方法もあります。たとえば「3ヶ月以内に退居してくれたら、家賃3ヶ月分を上乗せします」といった交渉が可能です。
ただし、特定の入居者への特別待遇であれば、周りの人に知られると反感を買ってしまいます。口外しないことを条件とし、口外した場合はインセンティブを支払えない約束をあらかじめ伝えておくことにより、不要なトラブルを予防できます。
3.退居準備の進捗確認
直前になって「何も準備ができていない」ということにならないようにするためにも、意識的な声掛けが大切です。引越し先は見つかったか・困っていることはないかなど、適宜連絡して進み具合をチェックしましょう。
賃借人が高齢・もともとの家賃が良心的な設定だったなど特殊な事情がある場合には、難航するケースもあります。
4.立ち退き・立ち退き料支払い
荷物の運び出しや室内の清掃が終わって明け渡しを受けてから、立ち退き料を支払います。一般的な退居でも、明け渡しを受けてすぐに敷金の清算を行いますが、この支払いが立ち退き料に変わるイメージです。
明け渡しを受ける前に立ち退き料を渡してしまうと、お金だけを受け取って居座る賃借人が出てくる可能性も、無きにしもあらず。トラブルの火種が少ないにこしたことはありませんから、念には念を入れた対策が必要です。
なお「引越し先への支払い費用をまかなうため、半額だけでも先にほしい」といった要望が出てくるケースも考えられます。立ち退き料に相場がなく、話し合いで決定するのと同様に支払い時期も自由です。不動産オーナーが半額の先払いに納得できれば、決めた支払い方法を明確な書面として残し、お互いの認識合わせをしたうえで、そのとおりに進めてください。
立ち退き料で揉めないための5つのポイント
賃借人との交渉が難航すると、高額な立ち退き料が発生するリスクもあります。相場程度で話し合いをまとめるために気をつけたい5つのポイントを見ておきましょう。
1.入居者の立場になって交渉する
どんな理由で立ち退きをお願いするとしても、相手の立場を尊重して思いやる気持ちが求められます。こちらの事情を伝えた後は、相手の話をじっくり聞くことからスタートです。
不安や不満を抱えていることが分かったら、立ち退き料や行えるサポートを提案し、相互が納得できる落としどころを探していきます。
2.立ち退きが得意な専門家に相談する
不動産オーナー自ら交渉を行っても話がまとまらない場合には、専門家のサポートを検討しましょう。相談先の候補は、以下3つです。
1.不動産のコンサルタント会社
土地活用や資産価値向上に関するコンサルティングの一環として、立ち退きサポートを受けられることがあります。弁護士と連携して交渉にあたる会社もあるので、裁判に発展した場合も安心です。
詳しくはこちらで検索できます>>
不動産コンサルティング業界一覧
2.不動産問題に強い弁護士
法律問題の専門家といえば弁護士です。
- メリット:交渉のプロだけに合理的なサポートを受けられる
- デメリット:費用が高い。さらに弁護士をたてたことを不服に思う入居者がいると、かえって状況がこじれるリスクあり
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不動産・建築に強い弁護士を探す
いきなり弁護士に依頼するのはハードルが高いと感じる方には、まずは『法テラス』の利用がおすすめです。
様々な法的トラブルに関し、利用条件を満たせば無料で相談を受け付けています(1回30分まで、同じ問題についての相談は3回まで)。
詳しくはこちらで検索できます>>
法テラス 公式ホームページ
3.ADR機関
ADR機関とは、裁判ではなく当事者同士の話し合いによる紛争解決を支援する機関です。不動産トラブルを専門に扱うADR機関では、立ち退きに関する相談にものってくれます。
裁判のように法的な強制力のある結論を出すわけではなく、お互いの歩み寄りによる紛争解決を目指すところが大きな特徴。弁護士をたてるよりは低コストで済むケースも多く、有効な選択肢の1つといえます。
詳しくはこちらで検索できます>>
ADR機関 | 日本行政書士会連合会
3.立ち退きの予算は多めに準備
交渉が難航したときには、
- 立ち退き料の上乗せ
- 専門家のサポートを受ける
ということが必要になり、費用がかかります。これらの費用を含めて予算を組んでおかないと、身動きがとれなくなってしまいます。
会社員の傍ら不動産投資をしているオーナーの多くは、限られた資金をうまく回すことで一定の利益を得ています。その中から、急に立ち退き費用を100万円単位でねん出するのは大変なことです。
交渉が難航したときに手を打てるようにするためにも、余裕を持った資金計画を立てましょう。
4.交渉記録を残す
立ち退き交渉で話した内容は、その日のうちにまとめましょう。
メリット:
- 記録は裁判の証拠としても活用でき、トラブルが深刻化した際の支援材料となる
- 交渉記録を書くことにより内容を整理でき、論点が見えてくる
騒音、家賃滞納、隣人トラブルなど、気になることの記録も重要です。これらを注意しても聞く耳を持たず、かえって事態が悪化してしまうような悪質な入居者との交渉では、こういった記録はとくに重要な資料となります。万一のためにも日常的に記録を残す習慣が大切です。
5.余裕を持ったスケジュールで進めよう
オーナーが借主に対し賃貸契約の更新拒絶をしたい場合、借地借家法では、契約期間満了の1年前~半年前までに申し出を行うことが定められています。申し出の際には交渉のシナリオができていないと苦しいので、年単位で前持った立ち退き計画が必要でしょう。
立ち退き交渉は往々にしてトラブルが起こるものです。早い時期から準備を始め、余裕をもったスケジュールを計画しましょう。
デッドラインが差し迫ると、話し合いが難航したときにイライラして、感情的になりがちです。裁判も辞さないくらいのもめ事になってしまうと、さらに話し合いが長引くうえに余計な費用もかかります。「ある程度は腰を据えて交渉しても問題ない」くらいに構えて、交渉を有利に進めましょう。
まとめ
立ち退き料の金額相場と交渉の流れ、テクニックについて紹介しました。どんな理由で立ち退きにいたったにしても、もめ事なく契約を終了できるのが理想です。金銭的な負担は大変ですが、不動産経営をビジネスとして成り立たせるためには欠かせない費用ととらえましょう。トラブルになる前のリスクヘッジ方法次第で、交渉の難易度が変わってきます。お互いに気持ちよく同意できるように、最善のアプローチを検討ください。
参考: